酔記

美に殉死 愛の闘争

招待状

紳士淑女をなお超えて 美麗の微笑む皆様方へ

さあ倦怠した虚像に何を託そう
細胞活動をつぶさに成し遂げるべく
流動する柱を再構築する世界

或いは今ここに託すべきかもしれぬ
豪奢なシルクをふんだんに重ねて
ウールやコットンをしとど纏い
潰えぬ星屑のごと静脈を靡かせ

午後の香気立つ川辺に
鴨や白馬のランデヴーを
時の懸濁と凝集に耳を傾け
波打つ紅茶に言の葉を燻らす

嗚呼 夜会服と薔薇の拳銃!

狂騒の日々は鐘を撞き
麻痺は俺たちのうたた寝を蝕む
電子の瀑布に舞踏を鞭打ち
ただ肉体を鞣すことだ

卑賤の天使は肌を脱ぎ捨て
肥沃な悪魔は歌を奏でる
拍子抜けした無駄な旋律のみが
めくるめく愛の季節の面影となる

君はウヰスキーを 俺は林檎を
君は詩集を 俺はレンズを
君はギャバジンを 俺は真珠を
君は珈琲を 俺はヴァイオリンを
君は君を 俺は俺を

君は俺を 俺は君を

沈丁花

銀の触手は永遠となり
或いは冷たい月となり
今宵も踊る 心臓のワルツ

赤らんだ君の頬は
すっかり夜の水に透けて
恐怖と恍惚を押し流してゆく

おお、この瞬間こそ生であると
琥珀は蟲を閉じ込めた
ツイード生地の鱗粉を
薔薇色の裸に散りばめて

俺の記憶じゃ間違いなく
あの夜は沈丁花が咲いていた
螺鈿のリードじゃ鳴らないはずの
永遠の蠢きを俺は見た

やがて無慈悲にあっけなく
世界は夜明けの手を引いて

俺は賀茂川を 君は高野川を
無意識に遡り寝床を探す
触れ得ぬ林檎を抱きしめて

俺たちは未だ生を知らない

顕微鏡

それはまるで溶けだした柑橘類のように
濡れたうなじを舌で拭う

しどけない死の匂い

一方俺は墨汁の香りをコトコトと楽しみながら
薄暗い花屋の奥で無意識を抱き寄せる

あんたも罪だねえ

乾杯 また乾杯

それから並んでリボンを毟る
一粒一粒、ささくれた汁を撒き散らして

撓んだ顕微鏡の中で
すべてが小さく焦げてゆく

時の皺

砂と煙に呑まれて
拾えぬ記憶が一つ
何事もなかったかのように
踊る水の精は
私の瞳をじっと見つめる

あの日の言葉が
川からこぼれる
水草に絡むあぶくは
僕の心にも……

くすんだ筆跡と
雪解け水の光沢
どこにも存在しない心は
影を伸ばすたび
気まぐれな記憶の住人となる

あの日の言葉が
川からこぼれる
ベルベットの時の皴を
握り崩して……

ナーズローに捧ぐ

埒を開けよう!
純白の血気を失うことなく
秋空を奔走する可憐な毛糸

嗚呼、悲しき星の定めか
鈍色の人間たちは彼女を嗅ぎ分ける
散逸するルビーの潮風は
誰よりも遠くに届くのだから

ナーズローの温もりは
物質の夢を夜に捨て
ただ一輪の睡蓮に

已むを得ん、日記を閉じよう
生活を さあ生活を
月光を破り、睡蓮はやはり咲く
悪意の偶数の泥沼に
震えるリネンの花弁を伸ばし
それでもお前を抱きしめる

なあ、真珠を 盗まないか?
何の苦も無く転がさないか?
醜い鷲鼻が虫のように囁く
お前は時たま殺人を想うらしい
否、理性の肉体性を問うのだろう
すなわち愛と自由の天秤を
穢れた矛盾の豊潤を

選びたまえ 探したまえ
それがお前の定めなのだから
だがくれぐれも忘れるな
ナーズローの温もりを
寂しい天使の銀の盾
犠牲に輝くワルツの肌を

現代讃美歌

日本社会はEDである
見給え不能な若人たちを
プラトニックな恋人たちの
疲弊に潰れし魂を
「今どきの若者は」
カカカカカ!
嗚呼古今東西 ユビキタス
これこそ我らが定めですぞ

効率簡便単純を
醜悪矛盾複雑性は
一切合切認めません
あいつはとうとうEDに
それが最もブクブクと
社会の林檎を肥やすから

SNS映え 人工バズり
理想の貴方の大量生産
インターネットに間引かれて
あいつはとうとうEDに
肉体捨てて歯車に
ヘカトンケイルは死の行進

労働 税金 また労働
成長のためのこの命
呼吸や愛にも納税しましょう
あいつはとうとうEDに
金とルールの亀甲縛りに
ペルソナ剥がして公然猥褻

文化も科学も余りに煩雑
地球に優しい殺人戦争
役立つ進歩は推奨しましょう
あいつはとうとうEDに
緑の粘液拭き取られ
真実の剣は動かない

古き良き伝統だ
忌まわしき悪習だ
人類の未来だ
破滅への一歩だ
虚構の生産だ
本質の破壊だ
愛だ
戦争だ
善だ
悪だ

轟轟と喚く人の声
誰もが不能を見て見ぬふりで
不能による不能のための不能の統治
コンクリートのジャングルで
いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ

ところがどっこい まだ終わらない
お次をどうぞ お客様
自然を廻る肉体の
貴方の生命の迸り
滾る血潮の埒を開け
私の顔を穢して下さい
体液まみれの愛の夢
私の心を穢して下さい

境界と悪魔

慇懃無礼な信仰に身を弄び

花嫁は独りオレンジを啜る

メケメケと剥け散る皮の匂いは

現代社会を濃霧に包み

やがて落ちゆく道徳の花

 

限りなく白く

あらゆる汚濁をシルクで覆い

あるいは酸に溶かして

幾重にも幾重にも 死んだ肉体

やがて消えゆく道徳の花

 

蝕むのは何れぞ 殺すのは何れぞ

善悪の実に舌を打ち

我つゆ知らずと哄笑するも

軍人 祭司 医者 営業

やがて死にゆく生命の花

 

嗚呼、生命は道徳でしょうか

崖に吊るした美徳でしょうか

いいえ、それは腐敗の頭部です

人間社会は死を潤して

貴方はソレを嫌悪する

そんな腐敗の頭部なのです