私は半月と接吻した。
月といえば表面のクレーターがでこぼこと無骨に唇を舐めそうであるが、実際はずっと黄金で柔らかい粘り気のあるそれであった。
視界には太めの白とブルーの縞模様が広がる。階段を降り続けるとゲシュタルト崩壊が起きて足元を救われそうになるが、同じような現象がその縞模様にも起きた。それは縦縞になり、横縞になり、それから回り続けた。
ぐるぐる回る充足に満ちて、私はいないんだと生まれて初めて気が付いた。
接吻という行為を介して私の存在は消えたのだ。私は客体なのだ。接吻する半月という存在に対する客体なのである。
君は主体、私は客体。私は主体、君は客体。この移ろいの重ね合わせがどこまでも続き、どこまでも落ちてゆき、行き着く先には一つの概念が存在するのみである。誰も、そこには存在しない。ひたすら青く、もっと青く、真っ白な窪みを染めゆく。
そして孤独。黄金色の粘り気のもたらすものは、頭蓋骨の中から我々を揺さぶるあの孤独なのである。孤独、孤独、孤独。
孤独が水色の縞模様を駆け上がる時間が、一瞬なのか永遠なのかは誰にもわからぬ。いつしかそれは螺旋階段となり、ぬらりと、一方でかつりと、我々が存在しないことを教えてくれる。
半月と接吻することは、自身を闇夜とすることであり、存在と非存在との揺れの中に、例の孤独を放り投げることである。
有限の青い恍惚に浸り続けることで、存在は永遠に消えるのだ。